大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和29年(行)14号 判決

原告 源勇

被告 岡山県公安委員会

補助参加人 福島恒次

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が岡山県浅口郡金光町大字地頭下一七六番地福島恒次に対して昭和二十九年七月三十日付を以て許可したパチンコ遊技場開催許可処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「被告委員会は、福島恒次の申請により、昭和二十九年七月三十日付で同人に対し、倉敷市栄町字浜の道六百番ノ五、六百番ノ六にある原告所有の店舖一棟建坪二十三坪二合五勺外二階二合五勺においてパチンコ遊技場を開催することを許可した。しかし、原告は福島に対し右営業について承諾を与えたことはなく、これを無視した本件許可は岡山県風俗営業取締法施行条例(昭和二三年条例第四八号。以下「条例」と略称する。)第七条第一項第十号の二に違反し違法であるから、その取消を求めるため本訴を提起した次第である。」と述べ、「被告並に被告補助参加人の本案前の答弁に対しては、所有者はその所有家屋において自己の承諾なしに、他人によつて風俗営業のなされることから保護さるべき法律上の利益を有し、条例第七条第一項第十号の二もその趣旨で設けられた規定であるから、原告が本訴について当事者適格を有することを主張する。被告の抗弁事実は知らない。条例第七条第一項第十号の二にいわゆる(承諾書が得られない特別の事由)とは所有者が承諾しているのに国外にいるなどのためその署名押印のある承諾書が得られない場合を指し、所有者が全然承諾を与えていない本件の如き場合を含まないものと解すべきである。」と陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の答弁として「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、「条例第七条第一項第十号の二は風俗営業の特質に鑑み、営業の実体を把握するため設けられた規定にすぎず、家屋所有者の意思を重視しこれによつて許否を決しようとするものではない。従つて、仮令本件許可が同号に違反するとしても、これによつて原告に対しなんらの権利侵害を生じないから、原告は当事者適格を欠き本訴請求は却下を免れない。」と述べ、本案の答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め「原告の請求原因事実は全て認める。抗弁として本件許可申請書には、(家主の承諾を得られざる事由)と題する書面が添付せられて居り、それによると申請人福島等において本件家屋についてパチンコ遊技場経営のための賃借権を主張しているが、所有者である原告との間に賃借権の存否に関して紛争があり、そのために所有者の承諾が得られない旨の記載があつて、右の書面は条例第七条第一項第十号の二にいわゆる(理由書)に該当するから、本件許可には何等違法の点はなく、原告の請求は失当である。」と述べた。(立証省略)

被告補助参加代理人は、被告の本案前並に本案の答弁を全て援用陳述し、「本件許可は警察許可であつて風俗営業取締法上一般に存する不作為の制限を許可を受けた者に対して解除するに止まり、これによつて許可された行為をなす権利が成立するものではない。又条例第七条第一項第十号の二は家屋の所有者に対して同意権を附与したものではない。仮令本件許可が違法であつたとしても、所有者たる原告は何等所有権の侵害を受けるものではないから、原告は当事者適格を有しない。」と附陳した。

理由

本件家屋が原告の所有に属すること、被告委員会が福島恒次に対して原告主張の如くパチンコ遊技場開催の許可をしたことは当事者間に争がない。

被告並に被告補助参加人は、本件許可は原告に何等権利侵害を生じないから、原告は本訴について当事者適格を欠く旨主張する。

本件許可は風俗営業取締法上の禁止の解除にすぎないから、営業許可を受けても私法上本件家屋を当該営業目的に使用する権利を有しない限り許可を受けた者は、適法にそこで営業する権利を取得するものではない。その意味では所有者である原告は本件許可によつて権利を侵害されたといいえないこと所論の通りである。しかし、使用権のない第三者に濫りに営業許可がなされると、その第三者は他人所有家屋において、所有者の承諾なしに不法に営業をなすことが事実上容易となり、所有者がこれを阻止するには民事訴訟によつて争うの他はなく、許可のなされる前に比し、著るしく不利益な地位に置かれることも明らかである。而して本訴は岡山県風俗営業取締法施行条例(昭和二三年条例第四八号)第七条第一項第十号の二違反を理由に許可を違法であるとしてその取消を求めるものである。同号によれば、風俗営業に供する家屋が他人の所有に属するときは、その承諾書(承諾書が得られない特別の事由があるときはその理由書)を許可申請書に添付することを要するが、同条第一項第十号が営業用家屋等の所有者氏名を許可申請書に記載すべきことを規定していることに鑑みれば、第十号の二の規定は、単に営業の実体を把握するためだけであつて家屋所有者を保護する趣旨を全然含まないと解するのは相当でなく、むしろ他人の家屋について当該営業のための使用権を全然有しない第三者が濫りに許可を得て、所有者と無用の紛争を惹起することを防止するため、原則として所有者の承諾書を提出させてその使用権を有することを証明させ、ただ所有者との間に使用権に関し紛争中であるとか、その他の事由により当該営業のためにする使用権があるかもしれないのに所有者の承諾書が得られない場合には、承諾書が得られない特別の事由を記載した理由書を提出させて承諾書に代えることゝしたものと解すべきである。従つて、この規定は承諾書も理由書も提出できないような全然無関係の第三者が濫りに許可を得て所有者との間に無用の紛争を惹起することを防止しようとする点で、所有者を保護する趣旨を含んでおり、同号違反の申請が却下される結果所有者が無用の紛争から保護されることを以て同号の規定による単なる反射的効果に過ぎないと解すべきものではない。従つて原告はその所有家屋において他人が風俗営業をなすことを許可した行政処分に対し、条例第七条第一項第十号の二違反を理由にその取消を求める法律上の利益を有し、当事者適格を有するものと認むべきである。之に反する被告並に被告補助参加人の本案前の主張は共に採用できない。

次に本案について判断する。

本件営業について原告の承諾がなかつたことは、当事者間に争がなく、証人藤井義一の証言によれば、本件許可申請書類には「家主の承諾を得られざる事由」と題する龝山義男名義の書面(乙第二号証ノ一藤井証人の証言により真正に成立したものと認める。)が添付されていたこと、本申請は当初龝山名義でなされたが、その後福島恒次に申請名義人が変更されたこと、前記書面は龝山が申請人であつた当時提出されたものであることが認められる。条例第七条第一項第十号の二に所謂理由書は申請人が作成すべきものであるが、乙第二号証ノ一の記載によれば、龝山は福島が龝山と共に実質上の共同営業者であることを主張していたことが認められるし、申請人の名義が福島に変つたことは、単なる名義の変更に止まり、申請の実質においては龝山名義の申請による場合となんら異るところがないと認められるから、かゝる場合には、福島恒次名義の許可申請に対し前申請人龝山義男名義の「理由書」を流用しても違法ではないというべきである。

而して前掲「家主の承諾を得られざる事由」と題する書面には福島恒次が賃借名義人訴外真砂柳市が営業名義人となり、福島、真砂、龝山外五名が実質上の共同経営者として原告より本件家屋をパチンコ遊技場経営の目的で賃借した上、昭和二十八年四月一日公安委員会の許可を得て営業を継続していたところ、昭和二十九年四月七日真砂が独断で突然廃業届を公安委員会に提出したゝめ、営業許可が失効したので、営業継続の必要上龝山に於て更めて許可申請をしたものであること、所有者である原告は、本件家屋の明渡を求めていて本申請について承諾を得ることができないが、龝山や福島等においては賃貸借契約が更新されたことを主張しており、原告において承諾を与うべき義務がある旨の主張が記載されている。若し右書面に記載されている事実関係が申請人主張の通りであるとすれば、申請人福島において本件家屋を前記営業のため使用する権利を有するものと一応認めることができるから、右書面は条例第七条第一項第十号の二にいわゆる「理由書」の要件を充足するものといわなければならない。蓋し公安委員会は第三者所有家屋の使用権の存否について終局的に判定の権限を有するものではないから、民事上の紛争が存する場合には、所有者の承諾書がなくても、理由書の記載によつて一応使用権が存するものと推認しうる程度の心証を得ればこれを以て足るものとしないと、正当に使用権を有するものについて権利行使を阻むことになるからである。その結果民事訴訟において結局使用権を否定さるべき者が許可を受けることになつても、これはやむを得ないことであつて、本号の規定は前述の如き理由書の提出すらなし得ない程に無関係な第三者のなす申請の濫用を排除することを目的とするに過ぎないものと解すべきである。これに反する原告の解釈は到底採用することができない。

これを要するに本件許可が条例第七条第一項第十号の二に違反するとの原告の主張は失当であつて本訴請求は棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 藤村辻夫 則井登四郎 藪田康雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例